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中上健次 路地 メキシコ

一番好きな作家は中上健次。
46歳でなくなっています。
土着と血の文学っていうふうに言ったらいいんでしょうか、土着は和歌山の路地(彼は自分の出自である被差別部落のことをそう表現しています。)、そして血ですね。血は路地の出身であることや『けだもん』『蠅の王』って呼ばれる父に対する思い。路地への思い。複雑な血族の関係。村社会。
熱くてヘビーな文学です。
おすすめしたいなあ、、、

『枯木灘』は戦後文学の最高傑作なんじゃないかなあって思っています。

なんか、父方の一族を見ているようで、、、
京都の西陣のどまんなか、千本出身の父。
とても貧しい地区でもあったようです。
子供の頃に連れられて行く祖母の家は古い古い木造のアパートで、部屋ではいっつも西陣織の糸を巻く古い機械がうるさく鳴っていました。
おばさんもおばあさんも怖かったなあ、、
なんで怖かったのかなあ、子供の頃はあまり行きたくなかったですねえ。
なんであんなに貧しかったのかは知りません。
祖父はあの家にはいませんでした。
おぼっちゃんだったみたいで親からもらった財産はぜんぶ女遊びとかでなくしてしまってたようです。
祖父の生まれたといわれる家はとても大きなお屋敷でしたが、そこも祖父や祖父の兄弟がなくしてしまったようでした。
父はたぶんそういう貧しさや複雑な家族の関係を見せたくなかったのでしょう。
長くあのアパートにいた記憶がありません。
父は貧しさから逃れるために必死で働いて自分で事業を起こしました。
(戦後は多くの人が同じ境遇であったと思います。)
おそらくそういうことだと思います。
僕自身は幼少の頃は父の事業がうまくいっていたこともあり、ぜいたくに育ててもらえましたが。
今は、、、父は70も過ぎ、引退してほしいと願う家族の意見も聞かず、今もひとり再びインドネシアで経営していた工場に戻る計画を練っているようです。

そして僕はなぜか日本からこんなにも遠い国の、それも小さな人口10万人足らずの町に住んでいます。
自分はなぜここまでやってきたのかここに残っているのか、ほんとにわかりません。
何かの力でここまで流されてきたと思っています。
自分の意思ってなんだろうって思います。
やっぱり僕の血がここまで僕を運んできたんだろうなっていうふうに思っています。
日本のことは強く頭にあり、いつか帰るかもしれないって思いながらここで生きています。
誰かが、または何かが、それを断ち切る日が来るのでしょうか。
自分の意思だけで日本に戻ることはほんとに難しそうです。
住んだこともない京都西陣千本の路地とメキシコの路地で迷子になっているのでしょうか。。。


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| | 2007.12.17 18:32
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19才のときに外国に飛び出しました。もう20年以上外国暮らしです。不思議です。

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